『前提』が重要
執着をしてしまうのは、望んでいるものを「無い」と認定しているから。
「無い」という方向か、「有る」という方向か、どちらを向いているかは感情が教えてくれる。
心地良ければ「有る」方に向いているし、不快なら「無い」方へ向いている。
わたしたちは、目の前の現実に反応することに慣れ切ってしまっている。
目の前の現実は、映写機(自分の内側)が既に像を結んだあとの残骸にすぎないというのに、『これこそが全てだ!』と言わんばかりにそこへ集中する能力に長けすぎている。
あるいは、過去の経験則に従って未来を測る能力に長けすぎている。
(この能力は、自分にとって何の意味も無い能力なんだけどれど…)
おそらく、実際の有様はここで書いたように“不便だな・・”と感じた瞬間にそれは充足として存在する。
ただ、わたしたちが生きている物理現実には(錯覚ではあるけれど)時間というものが存在する。
その時間の間に「無理だ」と感じ、「無い」を現実化させてしまう。
逆に言えば「願望」という意識にすら上がらないものは叶っている(ことが多い)
なぜなら願望と言うのは、手に届きにくい物という認識があるから願望と呼んでいるのだから。
結局、不足を感じた時点で充足も同時に存在しているということです。
それなのに、一生懸命「無い」方へ向いて実体のない影の部分を見て「無いがある!」と泣き叫んでいるのです(108さんの表現方法がかなり的確なので、めっちゃ真似ています)
不足を感じた時点で望むものは既にあるのだから、素直に「ある」方を向いていれば良いんじゃない?って話なのです。
そしたら、それはいずれ像を結ぶのだから。
こんな面白い話を聴きました。過去に縛られる理由が無くなる面白いお話です。
~左脳が過去を作っている~
自身に脳卒中が起こった瞬間、その時にわかった脳の役割をまるで自分とは別人かのような視点で語る脳科学者の体験談です。
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