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自分にとって必要な情報が全て入ってくる。家でただのんびりしているだけなのに。

自分の中に、明確に分離欲求があり、それに気づいて手放せたと実感したことで、恐れの気持ちが格段に減りました。

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全く無くなったわけではないですが、また、これからも完全に無くなることはないでしょうが、それでも手放したことをキッカケに、わたしの中の恐怖心ははっきりと力を失いつつあります。


たまに出てくる小さくなった恐怖心にも、都度それを自然に俯瞰している自分がいて、「この恐怖は、わたしのどんな思いからきているんだろう」「なぜ、わたしはこの恐怖を感じているのだろう」と問いかけると、大体その答えが返ってきます。

答えが返ってきたところで、その「答え」をありがとうと感謝をして、手放しています。



そんな時、わたしのメンターである108氏(勝手にメンターだと呼んでいます)のカキコミまとめサイトを、ずっと読んでいました。

その時は、不要な情報を入れるよりも、とにかくひたすら本来の世界(わたしがそう感じている)に触れていたかったのです。


すると、こんな文章がありました。

821:本当にあった怖い名無し:2008/04/19(土)00:38:41
望まない観念は、望んでいた観念であると受け入れることで消えていくのですか?

826:108◆90KoXUVipw:2008/04/19(土)00:54:06
>>821
「望んでいた観念だ」と「思い込む」のではないですよ。

自分が「望んでいた」から「保持していた」ということに気付くんです。

この時点で、認識は既に変更されています。そこを認識できれば、話は早いです。
実は自分のコントロール下にあった、ということが分かったのだから、手放すことは簡単です。

わたしに起こった気付きを、108氏が説明するカキコミがあったのです。

これを見つけた瞬間「やっぱりこの世界は完璧だ・・。完璧に起こってる」と感じて震えがきました。

わたしの認識が、わたしの世界にこのカキコミを浮かび上がらせた。

やはり、わたしの認識がわたしの世界を現実化している。

もう既にわたしの中では事実となっていたことだけど、更にそれを後押しする現実が現れる。

そしてこれからも、もっともっと現れるだろう。

「家でボーとのんびりしているだけだったのに、必要な情報はちゃんと入ってくるものだな」と感じた瞬間、『ボーと何もしないことは良くないこと』という観念も見つけました。

この観念は、セドナメソッドでいう「自分で制御しなければ安全ではない」という制御欲求からきているものだと感じましたので、認めて手放しました。


こうなってくると、手放し作業も段々と楽しくなってきますね
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