習志野捕虜収容所
(写真は千葉日報のwebページからお借りしました。第一次世界大戦時、日本の捕虜となったドイツ兵の習志野俘虜収容所での様子が100枚余りの写真に収められていたそうで、これはそのうちの1枚です。(遠足の時の写真だそうです)写真を持っていたのはドイツ在住の捕虜のひ孫さんで、それを千葉県日独協会が購入したとのことです)


日本人が当たり前に持っている平等という観念を示すものの一つとして、「捕虜」というテーマで書きたいと思います。



上の写真にもあるように、第一次世界大戦時、日本はドイツと戦いました。

当時イギリスと同盟国であった日本はイギリスからの要請を受け、ドイツに宣戦布告をします。

ドイツ領だった南洋諸島を占領後、支那のドイツ領青島を陥落します。

この時に捕虜として収容されたのがドイツ兵とオーストリア兵だったそうです。

これら兵隊は、日本各地の俘虜収容所へ分散されました。

写真の千葉県習志野俘虜収容所では、捕虜とは言え遠足などの行事もあり、地元民たちとの交流もあったとのことです。(それを示す多くの写真や史料が残っています)

徳島県の坂東俘虜収容所でも捕虜は人道的に扱われ、またここでも地元民たちとの交流もあり、収容所所長をはじめ地元民との親愛の情を深め、捕虜解放の日には互いに感謝の気持ちで別れたそうです。





↑こちら2つのwebサイトなど、色々なサイトやyoutube動画などを参考にさせていただきました。



また大東亜戦争中、東京の大森捕虜収容所で収容されていたイギリス兵捕虜たちも、クリスマスなどの行事への参加もありましたし(捕虜たちがシンデレラの舞台を演じたらしい!)、

お正月には日本軍軍曹の「彼らにもなんとか牛肉を食べさせてやりたい」との思いから、食料不足の戦時中であるにも関わらず必死で市場に掛け合い、なんとか牛肉の塊を手に入れて、捕虜たちに出汁にしかならないほどの量ではあるけれど牛肉入りスープを振舞ったらしいのです。




↑これらの本や動画を参考にさせて頂きました。

日本軍の所長や軍曹たちは、「敵軍の捕虜とは言え、彼らも私たちと同じ人間なのだから、人道的に扱うべきである」という信念を持っていたからこその扱いだったのです。

根底にあるのは、(上も下も無い)私たちと同じ人間だから、という思いです。

この思いが無いと、彼らの気持ちを彼らの立場から(彼らの立場に立ったつもりになって)察することなど出来ません。

けれど、『当時の日本人の中には、こんな偉い人、高い人格を持った人もいたんだな~」と、同じ日本人でもちょっと人ごとのように感じる人も少なくないのではないでしょうか。

わたし自身も、食料が不足している戦時中に、わざわざ敵国の捕虜の為に市場に掛け合ってまで彼らの好む食料を手に入れる手間を惜しむことが出来たかどうか、正直わかりません。


けれど、わたしたち日本人には『(上も下も無い)わたしたちと同じ人間なのだから』という共通した意識が当たり前のように根底に流れているということを否定出来る人はいないのではないでしょうか。



では、「上と下は人間の間で当然存在する」という認識の人たちの捕虜の扱いはどうだったのでしょう。

上でイギリス兵捕虜の日本人の扱い方を書きましたが、今度はビルマ英軍収容所で捕虜となっていた会田雄次さんが書かれた本「アーロン収容所」の内容です。

『イギリス人は大小便中に日本人が掃除に入っても平気だった。

けれども絶対に目を合わせてはいけない。

それは反抗心のあらわれだと捉えられてしまう。

そんなイギリス人が怒ると残忍な復讐が始まり、日本人を跪かせ足掛け台の代わりにしたり、

便所に跪かせ口を開きその中に小便をしたりと、やり方はとても陰湿だった。

彼らの虐殺の仕方も実に巧妙に残酷で、イラワジ河の中州に百何十人の日本兵を収容しておき、

「この川に居る毛ガニには赤痢菌がいるから、絶対に食うな」と注意しておく。

しかし他に食い物は無い。

兵隊たちは飢えに苦しみだす。

そしてついに赤痢ガニ食べてしまって、血便をし血反吐を吐いて死ぬのだ。

岸で双眼鏡を見ている監視の兵は「日本兵は衛生観念が不足している」と上司に報告したそうである。』


捕虜にも人道的に扱わねばならないという国際法上、言い逃れだけは初めから作っておいて、やることは苦しませて死なせるという、なんとも陰湿な行為をしていました。

だって自分たちイギリス人より下等な生き物ですから、日本人は。

そこに大した罪悪感なんて生まれようがないのです。

それが彼らのデフォルトなのです。


これは実は、実際に会田さんの本を読んだわけではなく、小林よしのりさんの「新・ゴーマニズム宣言スペシャル 戦争論」の中で知った情報ですが、

この漫画の中には別の日本人捕虜の話も描かれていました。

それは小林さんが平成8年9月24日、朝5時過ぎにテレ朝の番組内のアメリカCNNニュースで放送された写真を偶然見たことが描かれたものでした。

その写真は、昭和12年12月13日(南京占領の日)以前の第二次上海事変の折にスイス人 トム・シメン氏が上海で撮影。それを息子のジョン・シメン氏が所持していたものだといいます。

そして、写っているのは日本人捕虜と、日本兵に味方したと思われる支那人に対し、支那兵が行った残虐行為であるとの説明が入っていたらしいです。

↓↓↓漫画とは言え、事実ではあるとはいえ、ショッキングな絵なので弱い人は以下は見ない方がいいかもしれません。。







フットボール
これは首を切る処刑だそうですが、その首がはねられるのを待って、首でフットボールをして遊んだらしいです。

(この恐ろしい描写は、1931年頃マレーシアで華僑が起こした暴動の中にも全く同じ様子で出てきました。)↓





そしてCNNのニュースは次の写真へと続いたそうです。
↓↓↓これも酷いので、弱い方は見ない方がいいかもしれません。









変な器具
別の写真ではこのような不気味な器具が何個も並び、その中に1人ずつ日本兵が顎を引っ掛ける状態で、ぶら下がっています。

テレビのナレーションでは、

「父親の話によると、中国兵は日本の捕虜の拷問に数々の道具を用いていたという。

木の枠に首からぶら下げて飢え死にさせたのもその一つだった。

ぞっとしますよ。

人間を首からぶら下げて2週間とか3週間とか生きたままで放置するんですよ。

そして、その前を通りかかって捕虜に話しかけていたらしいのです」




わたしは戦争論で、随分前にこの欧米・支那などの残虐行為を知っていたので、

最近になって日本人がドイツ人捕虜やイギリス人捕虜にしたことを写真や手記で目の当たりにした時、「何してるのよ、日本人は・・・」とぼろぼろ涙が出てきました。

その涙は悲しさ、悔しさからくるのではなく、「どこまでお人よしなんよ・・」と半ば呆れながらも愛情に満ちたその姿に改めて胸が熱くなったからでした。


何人も平等で、だからこそ相手の気持ちや立場を思いやることが出来る日本人。

だからこそ、いざとなれば利己を捨て、力を合わせ凄まじい力を発揮する日本人。

そして手先が器用で、ものづくりが大の得意で優秀な日本人。

八百万の神の概念を無意識下のうちに持っている日本人。

そんな日本の姿に他の国の人々が好意を寄せないはずがない。



様々な列強大国に陰惨な行為をされてきたのは、

それは日本人が怖いからだと思います。

日本人は他から奪略しなくとも詐取しなくとも、豊かになれることを知っている。

この価値観を共有されることが、彼らにとってはとても厄介なことなんだと思います。

それは、自分たちの利権が崩れることを意味しますから。


収奪することで、支配することで己の力を感ずることより、そんなことをしなくても元々持っていた己の能力に気付き、それを発揮した時の豊かさを感じる方が気分はサイコーに高揚するのだと思いますけれどね。



では、今日はこの辺で。。





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