「完璧」メソッドは神視点が容易になるメソッド

「完璧」メソッドは神視点が容易になるメソッド



昨日の記事を書いた後に思いました。

「今、完璧だった。全部完璧に叶っていた」の気付きは、チケット第一章の最後に書いてある状態だったのですね。

あなたは、全ての願望が実現した至福の中に「既にいたのだ」という、単純で驚くべき真実に気付くのです。

あなたは声を上げて泣くかもしれません。

えぇ泣きましたとも( ̄▽ ̄;)


わたしは今まで「既にある」と意識しても、理想の状態の自分に「なる」としても、いつの間にかモヤモヤ気分を抱えていました。

表層意識ではエゴにリアクションしているつもりは無かったのですが、いつの間にかモヤモヤした気持ちになっていました。

ということは、エゴ視点に戻っていたということですね。

その理由は、今ならはっきりとわかります。

ここでも書きましたが、わたしは「別の領域/大いなるずべて/神/宇宙・・」を完全には信用していなかったからです。

いえ、わたしとしては十分に信頼しているつもりでした。

ですが今なら分かりますが、100%の信頼では無かったのですね。

ですが、(わたしにとって)こうも完璧さを見せられては、信頼せざるを得ません。

エゴのわたしには、こんなこと絶対にできない。

完璧で完全で、一片のかけらも無い。

それは「一片の不足も無い」と同義語です。

わたしたちの中心は、常にこの「完璧」と繋がっています。

わたしは、とうとうこの存在を「神」と呼ぶようになりましたよ

今まで宗教染みた「神」なんて言葉は使いたくなかったけれど、こうも完全・完璧なら「神」と呼びたくもなります



完璧を認識出来ると、エゴも納得せざるを得ないのですね。

不足にリアクションをしても「…と、エゴが反応しております」と、完璧である神視点にスライドさせることが出来ます。

今までも「エゴの見解を採用しない」「エゴの言い分は放っておく」としていたのですが、知らず知らずにその言い分に焦点を当てていました。

その証拠に気分はモヤモヤ・・という感じでした。

今は、「エゴのわたしには神のように完璧に出来ない。だからエゴのわたしの判断・言い分は放っておこう」と、神視点に委ねることが簡単になっています。


そうすると「なる」なんかも抵抗なくなりますね。

わたしの感覚では「なる」=神視点 です。

どんな種類の充足でも、叶わないものは無い。

完全なる充足だから。



ということで、108さんの「完璧だ!」「この状況は素晴らしい!」と断言するメソッド、とってもおススメです

完璧さ・素晴らしさを認識でき、神/別の領域に対する信頼度は自ずとMAXまで高まります。

そうすれば、その視点に立つことも簡単になります。


初めは「完璧だ!」「この状況は素晴らしい!」と断言しても、恐らくエゴは反抗します。

わたしもそうでした。

「大いなるすべてから見たら完璧らしいし、小我のわたしにはその完璧さをとても認識出来ないけど完璧としておくとするか」

わたしはこんなゆるゆるな感じで「完璧だ」としました。

それでも完璧さを認識することが出来ました。




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